就活や転職で面接を控えている人の中には、
面接が怖くて行きたくない…!これって甘えなの?
と思う人も多くはないかもしれません。
いえ、人間としてごく正常な反応です。
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面接が怖くて仕方なかった話

私自身も面接が怖くて仕方がなかった部類です。
私自身が本格的に面接し始めたのは2018年、当時大学3年の終わりから大学4年にかけて。
就活市場は、コロナ前ということもあって引く手あまたの売り手市場でした。
関西で比較的知名度のある大学にいた為か、周囲は早々に就職を決めていきます。
本心では面接が怖くて先延ばしをしていただけですが、どこか「なんとかなるだろう」とだらだら過ごしていました。
アホですね。
そんな大学4年のある日。
あ、俺○○受かったわ。
え、○○ってあの?
うん。
超大手ホワイト企業でした。
当然といえば当然。ゼミをきっちりやり切り、会計系の難関資格も所持してコミュ力もある。
ずっと続くと思い込んでいたモラトリアムが崩れ落ちたような瞬間でした。
ヤベッ…。面接受けないと。
かくして大学4年の4月に就活が始まりました。
実際に受けると落ちまくる

実際に受け始めるわけですが、いざ面接となると「何とかなるだろう」って気持ちは吹っ飛んで、
- 冷房の効いた部屋なのに汗が止まらない
- 暗記したはずの自己紹介を嚙みまくる
- 緊張で体が震えまくる
当然、面接は落ちまくり、
面接でこれって、いざ受かって入社できても勤まるのか…。
ってセルフで絶望する始末。
散々でした。
結局、地元に戻り親戚のつてで何とか就職しました。
面接が怖いのは当たり前だった

皆さんも程度の差はあれ、これに近い経験をした方もいるかもしれません。
さらにはこんな時、
自分がダメなんだ…!
とかつての私のような心理状態になってしまうかもしれません。
しかし、
面接に恐怖を感じて避けたくなるのは自然なことであり、むしろ脳が正常にリスクを検知している証拠
なんです。
これは気の持ちようではなく、人間の防衛本能として説明できる反応でもあります。
面接が怖い正体は「未知」

面接が怖い理由は、結果が生活に直結する場面なのに、何が起こるか事前に分からない“未知”だからです。
就職とは、労働力を提供する代わりにお金を得る行為、
つまり面接は「お金を得るための入口」を決める場です。
お金は生活費・家賃・食費など、生きるための資源に直結します。
そのため脳は面接を「失敗すると生活に影響する重要イベント」として認識し、強い緊張や恐怖を生み出します。
にもかかわらず、
- 何をどこまで評価されるのか分からない
- 正解が明確に提示されない
- 相手の反応がその場で変わる
この“未知”が脳にとってストレスとなり、不安や恐怖として現れます。
加えて、脳は脅威的だと本能的に感じたイベントはネガティブな情報を集めます。
- ある企業では内定を辞退した就活生が社員にカレーをかけられるらしい
- あの企業は圧迫面接がすごい
など、真偽はともかく脳は危機的状況を即座に拾い上げ、脳内でシミュレーションし追体験します。
これは、自分自身にこのような危機が降りかからないようにする、防衛反応です。
面接で緊張するのは、この防衛反応が正常に働いている証拠です。
原始時代に置き換えると分かりやすい

この構造は、原始的な環境を想像すると理解しやすくなります。
例えば、ある人が「この集団に入りたい」と申し出たとします。
その代わりに、その人が狩りや共同生活に適応できるかを判断する必要があります。
受け入れる側は「この人を入れて問題ないか」を慎重に見極めます。
これは集団の生存に直結する重要な判断です。
このように、「評価される場=生存に関わる場」という構造は現代の面接にも共通しています。
数年後、別の場面で同じ恐怖に出会って克服した話

実はこの「評価される場=生存に関わる場」という構造は、面接だけの話ではありません。
私自身、数年後にまったく別の場面で、同じような恐怖に直面することになります。
それが、街中で知らない人に声をかける「ストリートナンパ」の場面でした。
「え、この人何言ってんの?」
そう思うかもしれません。正直、今の自分でもそう思います。
ただ当時の私は、何とか仕事はしていたものの、職場は工場で男性ばかり。
周囲にいる女性といえば、年上のパートの方が中心という環境で、アラサーを迎えていました。
ふとスマホを見ると、かつての同級生が結婚式の写真を載せていたり、指輪をしていたりする。
そういった光景が日常的に目に入るようになります。
そのとき、妙に現実だけが進んでいる感覚になりました。
そしてある日、かなり単純な結論に至ります。
「よし、ナンパしよう。」
今思えばかなり突飛な発想ですが、当時の自分はそれくらい追い込まれていました。
意気揚々と街へ——と言いたいところですが、本心は真逆でした。
一駅近づくたびに、
「マジか……やっぱ断ろうかな……」
と何度も迷っていました。
いざ合流して現場に出ても、うまくはいきません。
声をかけても声は上ずり、相手には無視されるどころか、気づかれもしない。
ようやく反応が取れても、数ラリーで会話は終わってしまう。
典型的な“失敗の連続”でした。
それでも回数を重ねていくうちに、ある瞬間が訪れます。

どうにでもなれと思いながら声をかけたとき、なぜか一人と自然に会話が続き、そのままあっさりと連れ出し(お店で食事)までいったのです。
そのときの自分は、うまくやろうという意識はほとんどありませんでした。
むしろ「相手を楽しませられればいい」という感覚だけで動いていました。
そこから少しずつ変化が起きます。
何度も声をかける中で、暴言をもらうこともありました。
しかし不思議なことに、「あれ、意外と死なないな」と感覚的に気づいていきます。
この気づきがきっかけで、恐怖が少しずつ薄れていきました。
すると変化はさらに連鎖します。
反応率(オープン率)が少しずつ上がり、会話も続くようになっていきます。

この変化は、日常にも影響しました。
職場でも以前より余裕が生まれ、転職活動を始めるようになります。
そして面接でも、以前のような強い緊張はほとんど感じなくなっていました。
今振り返ると、この経験の本質は「成功体験」ではなく、
“恐怖に対する認識が書き換わった瞬間”でした。
恐怖を消すのは大量の経験値

結論から言うと、恐怖を消す方法はシンプルです。
それは「考え方を変えること」ではなく、「経験値を積むこと」です。
人は未知のものに対して強い恐怖を感じます。
逆に言えば、それが“既知”になった瞬間に恐怖は急激に弱まります。
ストリートナンパの経験でもそうでした。
最初は一言声をかけるだけでも緊張し、結果が怖くて動けませんでした。
しかし回数を重ねるうちに、
- 無視されること
- 反応が取れないこと
- 断られること
これらが「特別な出来事」ではなく、「日常の一部」に変わっていきました。
そして重要なのはここです。
恐怖の正体は“失敗そのもの”ではなく、“未知であること”だったという点です。
一度それが日常になると、脳は過剰に反応しなくなります。
その結果として、行動のハードルが一気に下がっていきます。
面接が怖い人へ

面接が怖いと感じている人の多くは、「自分に問題がある」と考えがちです。
しかしここまでの話から分かる通り、本質は逆です。
面接が怖いのは能力の問題ではなく、“経験不足による未知への反応”です。
つまり、やるべきことはシンプルです。
- 完璧に話そうとしない
- 失敗を避けようとしない
- とにかく回数をこなす
最初の数回は必ず緊張します。
むしろ緊張しない方がおかしいと言っていいレベルです。
しかし、その「怖い状態のまま経験する回数」が増えるほど、
面接という場は徐々に“日常的なイベント”に変わっていきます。
結果として、
- 過度な緊張が消える
- 相手の反応に余裕が持てる
- 本来のパフォーマンスが出せる
という状態に近づいていきます。


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