最近ちょっと不思議な感覚があります。
考えてから言葉が出るというより、
先に“言葉だけが浮かぶ”ことが増えました。
それをあとから説明していくような感じです。
表題が先に出てくる

例えばこんな言葉です。
- 組織の重力
- 脱力
- 先手と後手
- 新人になると弱くなる
- 環境で善悪は変わる
ちゃんとした説明というより、
「これだな」と思う一言だけが先に出てくる感じです。
そのあとに、「なぜそう思ったのか」を考えています。
言葉はまとめた結果に近い

こういう表題って、
結論というよりも、
いろんな感覚をまとめた結果の一言
みたいなものです。
たとえば、
職場で感じる違和感とか、
人と話している時の圧とか、
自分が少し萎縮している感覚とか。
そういうものを全部まとめると、
「組織の重力」という言葉になる、みたいな感じです。
文章はあとからついてくる

面白いのはここで、
この“言葉”が出ると、そのあとに文章がついてきます。
逆に言うと、
言葉がない状態で書こうとすると、うまくまとまらないです。
- 何が言いたいのかぼやける
- 話が長くなる
- 自分でも途中で分からなくなる
こういう状態になりやすいです。
見栄や虚勢もそのまま出ている

書いている途中って、
見栄とか虚勢みたいなものも普通に混ざります。
- ちゃんと見せたい
- かっこよく見せたい
- 弱く見せたくない
昔はこれをノイズだと思っていました。
でも今は少し違っていて、
その時の自分の状態そのものだと思っています。
消すものというより、記録に近い感じです。
キャリーの話から感じたこと

作家スティーブン・キングの話で、
捨てた原稿を奥さんが拾って、それが後に「キャリー」になったという話があります。
この話って、
「完成していないものにも意味がある」
ということだと思っています。
その時は捨てたくなるようなものでも、
後から見ると全然違う意味になることがあります。
環境で善悪も変わる

人って、その時いる環境で、
何が正しいかを結構簡単に変えてしまうと思います。
工場なら工場の正しさがあって、
営業なら営業の正しさがあって、
組織なら組織の正しさがあります。
同じ人でも、場所が変わると判断基準が変わる。
それくらい環境の影響は大きいです。
最近は、
考えて文章を書くというより、
先に言葉が出てきて、それをあとから説明している感覚があります。
もしかするとこれは、
「考えている」というより、
世界の感じ方に名前をつけているだけなのかもしれません。

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